「スポーツで学んだスキルは社会で生きる」 挫折乗り越えたプロ野球出身の公認会計士

奥村武博のプロフィール

公認会計士。1979年生まれ。土岐商高から97年ドラフト6位で阪神に入団。度重なるけがで01年に戦力外通告を受けて現役引退。その後、打撃投手、飲食業を経て13年に公認会計士試験に合格。日本初の元プロ野球選手からの公認会計士となる。現在はスポーツ選手のファイナンシャルプランニングや監査業務など公認会計士として活動する傍ら、講演やセミナー等を通じてスポーツ選手のデュアルキャリア普及に努めるなど、幅広く活動をしている

 難関資格と言えば、多くの人が医師、弁護士、公認会計士の3つを思い浮かべるのではないか。その中でも最も狭き門と言えるのが、日本全国に約3万人しかいない公認会計士だ。昨年、奥村武博は、元プロ野球選手として初めて公認会計士になった。セカンドキャリアで挫折するプロ選手が多い中、奥村さんはいったいどのようにして成功をつかむことができたのか。彼のストーリーは、社会に出ても活躍できるアスリートを育てる上で、スポーツ指導者に多くの気づきを与えてくれる。

 奥村さんは現在、公認会計士として活動するかたわら、一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構の代表として、アスリートのキャリア形成について各地で啓蒙活動を行っている。奥村さんがこの取り組みを実施している理由の一つが、自身が野球を通して得た多くの気づきによって、難関の公認会計士試験を突破できた経験があるからだ。学生時代に自主性を持ち、考えながらスポーツに取り組むことによって、人生は大きく変わるということを痛感しているのだ。

 「勉強や仕事とスポーツをつなげてあげる。学生たちがスポーツの世界で学んだことが、どのように社会で生きるか教えてあげると、興味を持てると思います。みんなが元ロッテの田中英祐君(2015年京大卒)のように、スポーツも勉強もというのは難しいでしょう。しかし、野球しかやってこなかったから何もできません、と選手が思わないような教育をすべきです。プレーすることはなくなるかもしれませんが、野球で培ってきた考え方や思考能力、問題解決能力は育っている。それを生かせるかどうかで、人生の幅がまったく違う。

 例えば、会計士のベースとなる学問の簿記は、企業活動を数字に置き換える学問です。野球でもプレーをすべて数字に置き換えることができます。野球とつなげて考えることができれば、捉え方はまったく違ってきます。在学中に資格を取るのは難しいかもしれませんが、エッセンスを学んでいるだけでも将来のきっかけになります。 あとで出会った時にリンクさせられるよう、種をまいてあげればいいのです。

 そのためには、指導者が強制的にやらせていては何も残りません。無思考でただ言われたことだけをやるようになってしまいます。何のためにこの練習をやるのか、選手たちが、目的意識をもって取り組むようにする。考えながらやる癖をつけてあげると、自主的にどんどん工夫しながらプレーするようになります。そうすれば、トレーニングも効率化されますし、ケガでつぶれる選手も減ると思います」

▽戦力外通告から合格までの険しい道のり

 高校時代、奥村さんは岐阜県立土岐商業高校で甲子園出場を目指し、野球に没頭していた。ほとんど勉強した記憶はないが、簿記だけはまじめにやっていたという。同校では経理科卒業までに、日商簿記検定2級を取るという目標がある。部活をやっている学生も例外ではない。試験前には約1時間の通学の間、右手にボール、左手にテキストを持って簿記の勉強をしていた。この経験が、後に彼の人生を変えることになる。

 阪神タイガースのスカウトから、「ドラフトで指名しようと思っている」と話があったのは、高校3年生の秋だった。この時すでに、奥村さんは社会人チームの内定をもらっていた。引退後も社員として働くことができる全国的にも有名な企業で、親はプロ入りに反対。しかし、奥村さんは母親を説得して、将来の安定よりも高卒でプロに進む道を選んだ。

 プロの世界は甘くはなかった。阪神では野村克也監督の期待を受けて、投手として強化選手に指定された時期もあった。しかし、度重なるけがで一年を通して満足にプレーすることができず、4年目のシーズン終了後に戦力外通告を言い渡された。翌年は打撃投手としてチームに在籍したが、1年後に再びクビを宣告される。奥村さんは野球界からの転身を迫られた。

「高卒でプロ入りしたことは後悔していません。ケガをする可能性もありますし、数年後に再び社会人からプロに行ける保証はありませんから。憧れの世界に入れるチャンスがあるのなら、まずは入ってみて、その先のことはまた考えればいいと思っていました。打撃投手を解雇された時は、まったく別の世界に行かなければいけないので戸惑いと不安はありました。一方で、早いうちに外に出た方がいろいろやれるはずだ、自分は大学に行くよりも貴重な経験をしているはずだ、とポジティブに考えていた部分もあります」

 第二の人生は、飲食業界でスタートさせた。友人と一緒にバーを経営したが、うまくいかない。3年後に事業会社に正社員として入社し、調理場で働いた。しかし、ここでも「自分はこのままでいいのか」という焦りばかりが募った。このころ、かつて在籍していた阪神タイガースは度々リーグ優勝し、大阪の町はお祭り騒ぎだったが、奥村は職場では元プロであることを隠して働いていた。

 仕事がうまくいかない。生活レベルを落とさなければいけないことも、頭では分かっている。だが、プロ時代の金銭感覚がどうしても抜けない。人間関係も壊れていき、奥村は完全に自信をなくしていた。

 「元プロ野球選手がセカンドキャリアとして飲食業界に進むことはよくあります。先輩もいっぱいいますし。現役時代は一般の会社員とあまり出会う機会がないので、情報が偏ってしまいがち。飲食に進むのが一概に悪いというわけではありませんが、短絡的な発想で何の考えもない状態で行ったのが失敗でした。

 今まで1万円のものを買う時に躊躇しなかったのに、ご飯が食べられなくなったりする。食事に行けば必ずおごっていた人たちに、それができなくなる。逆におごってもらうことが増えて、引け目に感じました。盛大に送り出されたのに逃げ帰ってきたようで、地元に帰るのも嫌でした。すべては『元プロ野球選手』という見栄です。そんな自分のことが、どんどん嫌いになっていきました」

 悩んでいた奥村さんにきっかけを与えてくれたのが、当時付き合っていた彼女の存在だった。ある時、家に帰ると分厚い資格試験の本が置かれていた。資格を取れと言っているわけではない。「世の中にはこんなにたくさんの仕事があるんだよ」という、奥村へのメッセージだった。

 数ある資格の中から選んだのが、公認会計士だった。医師や弁護士と違って学歴に関係なく受験できること、何よりも高校時代に簿記を勉強していたことが決め手となった。奥村は働きながら勉強を続けたが、難関試験を突破することは容易ではなかった。2004年に勉強を始めてから、すでに7年が経過していた。「よく頑張った。他の道もあるよ」と当時の上司は勧めてくれた。公認会計士をあきらめて別の道に進もうと思い始めていたが、彼女の助言で思いとどまった。

「プロ野球も公認会計士も中途半端で逃げ出したら、この先もいろんな事に言い訳をし続ける人生になると思う。今、あなたに必要なのは何かを成し遂げたという自信。だから絶対にここであきらめたらアカン」

 現在の奥さんである彼女の存在について、奥村さんはこう語る。

 「自分の人生において、常にきっかけを与えてくれたのが彼女であり、メンターのような存在でした。彼女は僕が何回試験に落ちても、絶対にできると信じてくれていた。公認会計士をあきらめようとした時、自分の中でも目の前の困難から逃げようとしていることは、なんとなくわかっていました。しかし、そこに逃げ道があるので迷いが出ていた。彼女に相談した時、やはり内角にズバッと直球が返ってきました。そこから本気になって、取り組みが変わりました」

スポーツとの共通点を見つける

 2013年、奥村さんは遂に資格試験に合格する。環境を変えて自分を追い込んだことが、最大の要因だ。だが、それ以外にも勉強を続けていて、ある時野球と資格試験のプロセスが似ていることに気づいたという。野球でやっていたことを勉強に取り入れてみると、成績もどんどん伸びていき、「人生の逆転ホームラン」につながった。

 「資格試験は合格から逆算して、自分に足りないことを勉強していきます。模試を受けて、間違えたところを復習する。野球も打たれた相手を抑えるために、足りないところを考えます。直球の速さなのか変化球なのか。原因によって取るべき対策も変わる。それから本番をイメージすることも重要です。練習問題を解くときに、残り5分でこの1問を解かなければいけない状況だと仮定します。普通にやると6分か7分かかるところを、5分で解くためにどうするか考えます。投球のクイックモーションを磨いたり、取ってから早く投げたりするのと同じです。作業の効率化であり、コンマ1秒をどう縮めるかの世界です。勉強と野球は正反対の分野に思えてしまいますが、どうやって自分のテリトリーに引き込むか。

 メンタルも大きいです。試験でミスしても、失敗を引きずらない。ピッチャーだったら、フォアボールを出しても次のバッターでダブルプレーを取ればいいという切り替えです。 どれだけ練習を積み重ねても、本番で力を発揮できなければ意味がありません。試験も野球も一緒なのです」

 奥村は現在、大学でスポーツMBAの講義を受けて、新たな知識を吸収している。まざまな競技を経験してきた人たちと交流する中で、多くの気づきがあるそうだ。 そして、野球人生における反省を生かして、公認会計士としての歩みを進めている。

 「小さいころから野球だけしかやっていないと、考え方まで野球一色になってしまいます。他のスポーツから得られることもたくさんあると思う。例えば、野球はタイムアップがないので、ロスタイムのメンタリティーみたいなものが非常に参考になったりします。野球だけに取り組むという日本の文化のいい面もありますが、「野球だけやっとけばいいよ」と言う、周りの大人が多すぎる。野球以外の競技をやることさえも悪になり、学びの機会が奪われてしまうのはもったいないです。

 今振り返ると、心のどこかでプロに入ることがゴールになっていました。目標設定が間違っていたのです。体のケアやけがをしないための体づくりなど、もっとできることがあったと思います。公認会計士も試験に受かったことがゴールではありません。一つ達成したら次の階段を登るためにどうするか。それを忘れて歩みを止めた時点で、社会人としての成長はありません。僕はまだ何も成し遂げていない。スタートラインに立っただけなのです」

 アスリートには競技だけでなく、大きな可能性がある。奥村さんの経験を通して、スポーツ指導者が学ぶことは多い。名前の「武博」には、文武両道を極めてほしいという両親の願いが込められている。 プロ野球出身の公認会計士。奥村武博は、まだ誰も歩んだことのない道を切り拓いている。(松元竜太郎)

※写真提供=月刊タイガース