【JCA指導者インタビュー①】 「普通の公立」検見川高校の野球部が激戦区・千葉を勝ち抜いた理由(後編)

【JCA指導者インタビュー①】千葉県立検見川高等学校野球部・酒井光雄監督

昨年、全国屈指の激戦区・千葉県大会を春夏ベスト4まで勝ち進んだ公立高校が、千葉県立検見川高校だ。スポーツ推薦入学などのない公立高校が多彩な戦術を駆使し、ベンチ入り選手全員を起用して戦い、創部初の快挙を成し遂げたのは、2016年秋に就任した酒井光雄監督の力によるところが大きい。今回は酒井監督に、躍進の理由をうかがった。

酒井光雄 さかい・みつお 
昭和58811日生まれ。千葉東シニア~市立船橋高校~日本体育大学・卒業後、市立船橋高校での指導から富里特別支援学校を経て2016年、千葉県立検見川高等学校の監督に就任。2017年春、夏の県大会でチームをベスト4に導く。

■個性ある選手を育てて実現する「全員野球」。

2016年に検見川高校に赴任し、すぐさま結果を出すことができた理由は何だとお考えですか。

酒井(以下S):特別支援学校で耳が不自由な生徒、知的障害のある生徒に野球を教えていた、5年間の経験があったからだと思います。この5年で、さまざまな意味で常識が変わりました。生徒達から多くのことを学び、自分自身も成長させてもらった気がします。そして今、展開している緻密な野球の原点は、当時頭の中にため込んだストックにあり、この時に野球に関する幅広い知識を培うこともできました。

 聾学校では手話をつかいながら指導していたのですが、障害を持つ生徒達が頑張りながら、純粋に野球を楽しんでいました。例えば当時、左利きで右手が使えない選手がいました。彼は左で投げると脇にグローブを挟み、左手にグラブをして捕球します。その時に大事なボールの握り替えを必死で練習していた姿は、今でも忘れることができません。

 ハンデのある人が、考えられない程、努力をしているわけです。それならば、検見川高校野球部の選手達だって、もっともっと頑張れる。私は幾度となく選手達に「障害を持つ生徒達が必死で頑張っている。それに比べて、君達が今していることは本当の努力なのか?」と問いかけました。それに選手達が共感してくれて、徐々に心が変わってきたことが非常に大きかったです。

 また、私が今の緻密な野球を考えるようになったのも、当時の経験があったからです。もともと、この勤務が終わって再び一般の高校に転任したら、野球部で結果を出したいと思っていました。そのため週末や夏休み、春休みなどとにかく片っ端から県内外の大会に足を運び、もちろん甲子園大会も見ていました。

 その時、気づいたことがあったのです。それは、強いチームほど緻密な準備をしていないこと。1点を取られることをそれほど怖がらず「取られた分だけ、打てば勝てるだろう」という発想で大きく構えている。でも、今後自分が勤務するだろう公立高校に、そういう野球は無理だと強く感じました。そこで、強豪校の裏をかく緻密な野球をして、ロースコアの競ったゲームに持ち込むためのアイデアを考え、研究を重ねていきました。2016年に検見川高校に赴任して、比較的早く結果を出すことができたのは、特別支援学校での経験があったから。この5年間は、本当に貴重なものになりました。

-ベンチ入り選手全員を起用するなどの「全員野球」が検見川高校野球部の大きな特徴です。これについても、特別支援学校でのご経験が一つのきっかけになったそうですね。

S:そうですね。特別支援学校の生徒達と同じように、検見川高校の選手達も野球を頑張ってほしい。そして何より、高校野球を楽しんでほしい。そのためには、みんなが試合でいいプレーをできるようになることが一番。だから、レギュラーだけでなく部員全員が試合に出て、野球ができる喜びを感じてもらいたい、と思ったのです。

 当然、戦術上の理由もあります。さまざまな異なるタイプの選手を育てて大会に望むことは、強豪校に勝つための一つの方法でもある。そもそもウチの選手は、必ずしも全員が打てて守れて走れる必要はないんです。公立高校ですから、万能な選手はなかなか出てこないもの。そして、レギュラーの9人がずっと100%でプレーし続けられる保証もありません。

 例えば1打席目にノーアウト満塁で三振、そして2打席目はワンアウトランナー三塁から犠牲フライすら打てず内野フライで終わった選手に、次の打席で結果を出せと言うのは正直厳しい。それならば、違うタイプの選手に代える方が現実的です。そういう時のために、タイプの異なるさまざまな選手を育てる。例えば、なかなかヒットは打てなくても、カウントをツースリーまで持っていける選球眼のいい選手、2回に1回は確実にセーフティバントを決められる俊足の選手、送球が安定していてどの位置からも投げられる肩の強い選手、といったように、一芸に優れた選手をそろえておくのです。そういった個性のある選手は、例えレギュラーになれなくても、活躍できる可能性があります。

 そのため選手起用については、ベンチ入りメンバーのバランスが大事。同じタイプの選手を2人、3人と並べるよりも、まったく違う個性を持つ選手を育てる。走攻守すべて上手くなれというのは難しいけれど、一つのことの専門性を高めるのはそこまで難しくありません。

 そして選手達にも「自分が絶対やらなきゃ」という気負った空気がほとんどない。「自分がダメでもコイツがいる」という考えができています。例えば昨夏の県大会の準決勝で、3年生のセカンドのレギュラーが負傷してしまいました。彼が救護室から帰ってきて『最後の試合になるかもしれない中、この後はどうする?』と聞いたところ、彼は「交代選手がちゃんとやってくれるので、下がります」と自ら交代を申し出てきました。つまり自分だけのことを考えてプレーするのではなく、自分の代わりにはこんな選手がいる、という共通認識をチーム全体が持っているのです。

■選手に考えさせて、その結果を尊重する。

-選手一人一人の役割分担において、気をつけていることは何でしょうか。

S:常に考えているのは、選手の気持ちを尊重してあげること。例えば昨年、背番号18の緩急を上手く使いこなすアンダースロー投手がいました。彼は入学時「どうしてもピッチャーをやりたい」と言ってきた。でも練習を見ていると、残念ながらエースになる力はなかった。そこで私ははっきりと「このまま一所懸命やっても、君はたぶんAチームの試合で投げることはできない。どうすればいいのか、考えよう」と伝えました。

 その時本人は「努力するしかありません」と言いました。確かに、努力できることは素晴らしい。でも、それだけで結果が出るほど甘くもありません。だから「違う角度から考えてみてはどうか」と言ったところ、彼はそれまでのオーバースローをアンダースローに変更することを決意したのです。そして努力を重ねた結果、チームに必要なピッチャーになりました。彼はただのアンダースローのピッチャーではなく、フォームを微妙に変えて5、6種類のリリースポイントを使い分け、フォークやシンカーも駆使する独自のスタイルを築いたのです。

 その上で彼には「君は残念ながらエースにはなれない。県大会でどれだけ出番があるかもわからない。でも甲子園を狙える強豪校に当たった時、君のピッチングが確実に必要になる。そのための準備をしてほしい」と伝えました。9イニングは正直、苦しいけれど、4イニングぐらいならば十分に抑える力はありましたから。

 実際、夏の県大会で投げる機会はそれほどなかったのですが、矢板中央高校や奈良大附属高校、そして昨夏日本一になった花咲徳栄高校といった全国レベルの強豪校との練習試合で、彼は立派に抑えてくれました。特に花咲徳栄高校との練習試合では、彼は全国優勝したメンバーを相手に安定したピッチングできっちり抑えることができました。

 私立のレベルの高いチームだからこそ、彼が投げる100km前後のボールを打てないのだと思います。何せ、見たこともないボールばかりですから。このように、考えさせてそれを尊重した結果、大きな自信をつけることができたのです。


■厳しい世界に飛び込むまでは、なるべく楽しく、人間らしい生き方をしてほしい。

-監督と選手の関係性、選手同士の上下関係や規律についてはどうお考えですか。

S:僕は部員とフランクに話をしますが、怒る時はコテンパンに言います。保護者が近くにいたとしても遠慮は一切しません。でも今は、こちらがどんなにキツく言ってもそっぽを向く選手はいません。メリハリをつけるようにしているので、怒られたら仕方ないと思っているはずだし、こっちもいつまでも言わない。それをわかっているから、妙な距離を取ってくる選手もいません。

 また基本的に、1年、2年、3年の差は作らないようにしています。決して上手くはない選手達なので、彼らは毎日努力せねばなりません。そこに体育会系の常識ができてしまうと、プレーをダメにしてしまう可能性があると思います。

 雑用で言うと、普段のグラウンド整備は全員でおこないます。私はやらせっ放しが嫌いなので、スタッフも一緒に整備をするようにしています。1年生の雑務はライン引きぐらいで、他には特にありません。そもそも、厳しい上下関係はうちの部には存在しません。逆に、もうちょっと上下関係を作ればいいのに、と思うぐらい、みんな気さくにやっています。

 正直な話、大人になったら年齢の上下など関係なく、力のある者がのし上がっていきます。そういう厳しい世界に飛び込むまでは、なるべく楽しく、人間らしい生き方をしてほしいと願っています。

-最後に、野球に限らず、強豪の私学に勝ちたいと考える公立の指導者の皆さんにメッセージをいただくとともに、今後の抱負をお聞かせ下さい。

S:強いチームに対してこそ、できる準備がたくさんある。それは野球で言う投げて、打って、走るという単純なものではありません。もっと深い部分で、投げる中に、打つ中に、どれだけ自分達で考えて、練習を重ねた戦術を状況に合わせて組み込んでいけるか。公立高校はそこで勝つしかないと思います。

 最近、検見川の緻密な野球が他のチームに研究されるようになってきました。もちろんいいことですが、それならばウチはまた新しいことを見つけて、考えを新しいものにアップデートしていかねばなりません。研究してくるチームに対しては、今までのやり方を捨て、常識外れの新しい野球を見せていきたい。「あの時だけベスト4に入ったチーム」とは言われたくありませんから、これからも勝ち続けられるよう監督として努力していきたいです。

(終わり)

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