人生を支えるチアスピリットと、恩師が教えてくれたこと 【JCA理事コラム・柳下容子】

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指導者の方に向けたコラムということで、JCA理事として何を書くべきか悩みました。編集担当の方からテーマの候補もいただいたのですが、やはり最初は私が人生をかけて取組んでいる、チアリーダーについて書かせていただきます。

はじめに、8年間プロデュースをしているチームと、柳下自身の紹介をさせていただきます。

『東京ガールズ』は2010年に結成されました。
アメリカ人9名、日本人3名の計12名で、プロバスケットボール(当時bjリーグ)を応援するプロのチアダンスチームとして誕生しました。しかし、2011年の東日本大震災後にチームは解散することになりました。

翌月、日本人メンバーのみで東京ガールズを再結成。『あなたを応援する、日本を応援する』をスローガンに日本全国で活動し、8年目を迎えました。現在20名のメンバーで、様々なスポーツ、企業、町、イベント企画などで、チアの魅力を伝える活動を行っています。子どもたちに夢を持ってもらい、出会った方にパワーを届け、社会に活力を生み出すような団体を目指して全力投球中です。

続いて、私の簡単なプロフィールをご紹介します。
東京女子体育短期大学を卒業後、テーマパークダンサー、ダンス留学を経て、2001年に地元新潟のアルビレックス(サッカー・バスケ)専属チームの一員として、チアリーダーの世界に飛び込みました。

2003年からNFL サンディエゴ・チャージャーズ(現ロサンゼルスチャージャーズ) のチアリーダー、2005からNBAロサンゼルス・クリッパーズのダンサーとして活動しました。現役引退後はチアのディレクターやプロュース業を続けています。

■チアにとって大切なこと

私がこれまでチアリーダーとしてパフォーマンスしてきた中で、現在はチームをプロュースする上で最も大切にしていることが、チアの魅力でもあるスピリットを最大限、発揮することです。

『笑顔』

『元気』

『応援』

この3つがチアのスピリットであり、私はこれをベースにしたチアの活動を通して、生きる力をもらいました。

また、チアとして活動する上で、メンバー1人1人がチアでいることに責任を持つことが重要です。日本ではプロのチアとして生計を立てるのは難しいのが実情ですが、それでもプロ意識を持って取り組むべきです。

プロとしての心得とは、大きく以下の4つだと考えています。

・苦しい時でも周囲を巻きこめる素敵な笑顔でいること

・憧れられるようなパフォーマンスをすること

・説得力のあるテクニックを身につけること

・洗練されたかっこいい体型でいること

■チアリーダーとの出会い

20代前半までダンサーとして活動していた私にとって、チアは決して身近なものではなく、共感もしていませんでした。むしろ、「なんで無理やり笑わないといけないの?」という違和感を持っていました。

いろいろなご縁もあって、地元新潟でアルビレックスチアのオーディションを受けることになりました。その時、恩師でもあるディレクターに、「あなたは素敵な笑顔を持っている。その笑顔で、新潟の人たちを元気にしてほしい」と言われました。自分を必要としてくれている、社会の役に立てる、そんな今までにない感覚がとてもうれしくて、チアに対する考え方が180度変わりました。

アルビレックスで恩師から学んだことはたくさんありますが、一言で表すと「笑顔で奇跡を起こす」ということです。例えば、自分たちが応援しているチームが負けているとします。あきらめムードになって、帰りはじめるお客さんもいます。そんな時こそ、いっそう笑顔になって強いエールを送る。会場を巻きこんで一体化させるのです。そうすれば奇跡は起こせますし、仮に負けてしまっても、また一緒に応援したいなと思ってもらうことができます。

■苦境を救ってくれた恩師の教え

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アメリカに挑戦している時、私は周りのレベルに達するために毎日何十時間も踊りました。その疲労は知らず知らずのうちに蓄積して、体に異変が起こりはじめていました。首を強い痛みが襲うようになり、毎試合パフォーマンスの直前に麻酔を打って、本番に臨んでいました。生きた心地がせず、辛く、息がつまるような、苦しい時期でした。

そんな自分を救ったのが、私がチアと出会ったときの恩師から学んだ、「苦しいときほど『笑顔』になる」ことでした。辛いからこそ、無理やりバカみたいに笑い続けたのです。すると、それが『自分、頑張れ』というエールのように聞こえたのです。自分の悩みがちっぽけなものに思えてきて、そこにいるはずのない母の笑顔が見え、その瞬間に目を覚ましまたこともありました。笑顔の力で、暗くなっていた心に光が差し込んだ気がしました。

2006年、NBAのシーズン終盤に、その時はやってきました。クリッパーズのホームゲームでのパフォーマンス中に全身が痺れて、数秒間意識がなくなったのです。診断は首の骨の圧迫骨折。ドクターからは、「このまま続けたら踊るどころか、日常生活も送れなくなる」と言われました。

自分が目指すもの、チームから求められるパフォーマンスをすることができなくなったことを受け入れ、3年間の現役生活の幕を閉じることを決めました。チアに人生をかけてきた分絶望は大きく、生きていくことすら投げ出そうとも思いました。しかし、意識を失ったときのパフォーマンスを後に映像で確認してみると、ちゃんと笑顔で踊っていました。自分が好きなことをやってきたこと、今生きていることに感謝しました。心からの笑顔に変わった瞬間です。

自分が人生をかけてきたチアができなくなった時、チアのために身につけたことが、生きる力になるとは思ってもみませんでした。だからこそ気持ちを切り替えて、今度は私がこのチアのスピリットや魅力を後輩たちに伝え、生み出していく番だと決意しました。

■次の世代と共に、チアの未来を創っていく

社会人チームの女子集団をディレクション&プロデュースして、今年で14年が経ちます。

私が現役のころはチアの存在などほとんど認知されておらず、毎日が生きるか死ぬかの状況でした。試合に負けたのはお前たちのせいだと、ポップコーンを投げられることもありました。「チアとは何者なのか」について、毎日仲間と議論しながら、自分たちの存在意義を見出してきました。

当時に比べると、状況は良くなっています。しかし、チアはまだまだメジャーなスポーツではないので、強い思いでその魅力を発信し続ける必要があります。繰り返しになりますが、メンバーは好きなことをやる以上、趣味ではなくプロとしての使命感を持つべきです。今、このスポーツに向き合っている私たちが、このスポーツの将来を創っているのです。そして、子どもたちの未来を切り拓いているのです。

チアの恩師は今でも私にとって大きな壁であり、扉でもあります。

苦しい時こそ『笑う』

出来ないことは『ない』

なんでも返事は『はい!!』

恩師が教えてくれたことは、人生を駆け抜ける上で私を支えてくれる宝物であり、今も様々な場面でヒントを与え続けてくれています。
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