子どもの体力低下と失われた「三つの間」 いわきスポーツアスレチックアカデミーの取り組み(前編)

子どもの体力低下は、長年その惨状が叫ばれ続けている日本の教育界、スポーツ界の課題だ。今回、JCAではジュニア世代のトレーニング、育成システムを研究している小俣よしのぶさんに、このテーマについて特別寄稿していただいた。日本社会における構造的な問題点や、小俣さんがアドバイザーを務めるいわきスポーツアスレチックアカデミー(ISAA)の取り組みを通して、スポーツ指導のあり方について考えるきっかけにしていただきたい。

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スポーツ万能型の子どもを育成

いわきスポーツクラブが運営するISAAの活動に携わり一年が過ぎました。開校前はどれくらいの子どもたちが参加してくれるのか予測できませんでしたが、ひと月も経たずに約300名を超える参加がありました。今では400名に達する勢いで、さらに近隣の幼稚園や保育園への出張指導も行うほど活動を拡大しています。

ISAAはいわきスポーツクラブが本拠地を置くいわき市内在住の児童幼児を対象にした無償の運動スポーツ教室です。いわきスポーツクラブは「スポーツを通じて社会を豊かにする」を理念に掲げ、「いわき市を東北一の都市にする」「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール~」「人材育成と教育を中心に据える」を3つのビジョンとしています。ISAA3番目のビジョンである「人材育成と教育を中心に据える」に基づき運動やスポーツを通じて「楽しさ」を創造し、いわき市の子ども全体の体力運動能力向上に貢献し、またスポーツ万能型の子どもを育成することを目的として始まりました。今では行政や教育機関、プロスポーツ球団や競技団体などのスポーツ関係者、マスメディアなど、さまざまな方面から注目をされ視察も増えており、全国的な注目度の高さを感じております。

成長期における子どもにとってのスポーツの重要性

子どもたちの体力、運動能力低下が叫ばれて久しく、毎年体育の日には文科省やマスコミが体力テストデータを公開してその現状を訴えます。体力や運動能力の低下は当然いわき市のある福島県にも及んでおり、福島県はさらに全国との比較においても子どもの肥満率の高い地域でもあります。これら福島県特有の現象は、東日本大震災の影響もあると思いますが、もう一つの要因として日本社会全体における社会構造的問題がその背景にあると考えています。それは「失われた三つの間(ま)」です。これが失われたことが子どもたちの体力、運動能力低下に影響を及ぼしています。

 「三つの間」とは子どもの遊びを成立させる要件の「時
」「空」「仲」を指します。「時間」は遊ぶ時間、「空間」は遊び場、「仲間」は遊び友達です。現代の子どもたちは学習塾や習い事に忙しく遊ぶ時間がない、さらに自由に遊べる空き地が減り多くの公園ではボール遊びや大きな声を出すことが禁止され、そして友達も同じように習い事などに行っているために放課後に会うこともできない...というような状況にあります。
 

 ISAA
の目的の一つは体力と運動能力の向上です。我々はこの目的達成のためには社会構造的問題解決への取り組みが必要であると考え、その答えとして失われた三つの間を取り戻そうと結論を出しました。いわきスポーツクラブのいわきFCパークは広大な敷地にサッカーフィールドとフットサルコート、さらに商業施設を併設した言わば総合的スポーツエンターテインメントタウンです。ここを子どもたちに無償で開放すれば構造的問題を打破することができると考えました。要するにいわきFCパークを三つの間の中の「空間」として提供したわけです。そしていわきFCパークで行われているISAAに来れば「仲間」の遊び友達がいる。そしてISAAが行われている時間帯は遊んだり運動したりする遊び「時間」が確保されるわけです。手前味噌ではありますがこの試みは成功していると思います。400名近くにも及ぶ会員数がこれを物語っていると思います。

 運動やスポーツは子どもたちにとって欠かせない営みです。それは単に遊びの延長的な身体活動というだけではなく、さまざまな意義も含んでおり、特に運動スポーツの教育的意義は私が語らずとも周知のことです。近年教育界では非認知スキルに関心が集まっています。非認知スキルとは、自己肯定感や自尊心、コミュニケーション力や創造性など幅広い力や姿勢を含み、人生設計にも影響すると考えられています。さらに研究によると非認知スキルはコンピテンスとも言い換えることができると言われています。コンピテンス(
= competence)とは発達心理学用語で有能感とも訳され、環境に対する適応能力をさす概念です。自分の意思と行動で自分を取り巻くさまざまな事柄を変えることができ、その時に生まれる自己肯定感や効力感を含むものです。簡単に言うと「おれ、やればできんじゃん!」です。非認知スキルを養成するには有能感が大事で、有能感を得る最善の教材が運動スポーツです。子どもたちにとって運動やスポーツは、楽しくワクワクする遊びの延長にあるものです。遊びを通してさまざまな運動体験をし、難しい運動や技にチャレンジし、そしてできるようになる...この一連の行為が有能感を醸成し、そして非認知スキルへと発展すると考えます。ISAAにはプログラムはありますが教えることはしません。カリキュラムがあるのに指導しないのは、一見矛盾していますが実はここが重要だと考えています。有能感を得るには自発性が必要です。子どもが自ら進んで困難な運動やスポーツに取り組んで、そして達成する過程が重要です。指導員や大人がやり方を手取り足取り教えてしまっては自発的ではなくなりますし遊び感覚の楽しさも失われます。楽しさと自発性が損なわれた運動やスポーツは子どもにとってはもはや習い事や学校体育になってしまいます。習い事から得る力は非認知スキルの対立概念である認知スキルです(後編に続く)。

小俣よしのぶ氏のプロフィール

いわきスポーツクラブの育成アドバイザー。筑波大学大学院を修了後、主にドイツのトレーニング科学の哲学的原理,強化育成システムの研究を行っている。

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