子どもの体力低下と失われた「三つの間」 いわきスポーツアスレチックアカデミーの取り組み(後編)

子どもの体力低下は、長年その惨状が叫ばれ続けている日本の教育界、スポーツ界の課題だ。今回、JCAではジュニア世代のトレーニング、育成システムを研究している小俣よしのぶさんに、このテーマについて特別寄稿していただいた。日本社会における構造的な問題点や、小俣さんがアドバイザーを務めるいわきスポーツアスレチックアカデミー(ISAA)の取り組みを通して、スポーツ指導のあり方について考えるきっかけにしていただきたい。


スポーツ指導現場の構造的問題

 昨今、スポーツ界では暴力、パワハラ、組織管理能力欠如、違法行為などさまざまな事件や騒動が起こっています。実は、このような問題は子どもたちの運動スポーツにおいても見ることができます。例えば子どもの野球やサッカーの試合で指導者が選手を怒鳴り罵声を浴びせたり、体力や能力の限界を超える練習をさせたり、体重を増やす名目で無理やり吐くほど食事をさせたり...成人レベルの問題とは異なりますが、かなり深刻な状況があります。このような暴挙の原因は、親や指導者を含む大人による子どもの運動スポーツ活動への過剰な関与、その背景にある成果主義と期待感、勝利至上主義、そしてスポーツ科学の基礎知識の欠如だと思っています。以前にこのような経験をしたことがあります。私がアドバイザーをしている子ども向けかけっこフィジカルトレーニング教室に通っていた生徒が退会する際にその保護者の言われた退会理由が「コスパが合わない」でした。投資した月謝の割にはパフォーマンスが向上しないというような意味だと思います。その時に感じたのは子どもの運動やスポーツ活動を消費財や投資であると考えているのだと。保護者は月謝を払って指導を委ね、指導者はその報酬に見合う成果を示さなければならない...まるで投資家と投資ディーラーの関係にも見えます。この関係性の中には既に子どもの存在はありません...あるのは大人の勝手な都合です。
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 多くの大人や指導者は「スポーツ」と「競技スポーツ」を混同し、そしてスポーツとは勝ち負けを争う行為であるという誤解をしています。そもそも、スポーツは大人の戯れや非日常的行為として誕生したと言われています。そう考えると元来スポーツは余暇や気晴らしの一環であって真剣に取り組むべきものではない、特に子どもにとって運動スポーツは遊びの延長にある身体活動であると捉えるべきではないでしょうか。
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 このような運動やスポーツに対する基本概念や誤認もスポーツ科学の理解がなされていれば起こりえないと思います。日本全国で指導者研修や講習会に登壇させていただいておりますが、残念なことに多くの指導者がスポーツ科学の知識を持っていない、あるいは間違って理解していることがあります。サッカーや野球を教えることが好きで独学の指導ノウハウや経験はあるがスポーツ科学や育成システムについては知識がない、学ぶ機会がないという方がたくさんおられます。

 子どもや成長期の選手を指導するためには、スポーツ科学や育成システム論の知識とそれに基づく指導経験が必要になり、それは成人選手を対象にした時よりも、さらに深い理解と豊富な経験が必要なのです。日本の指導者養成には間違った認識や通例があります。指導者として未熟で経験が浅い、あるいは指導初心者だから子どもや成長期カテゴリーを指導して経験を積ませるというものです。将来性の塊で、かつ未来の日本社会やスポーツ界を担う子どもたちは、トップカテゴリー指導者養成の踏み台になっています。ここでもやはり大人の都合が優先され子どもの存在が抜け落ちています...

 ISAA
では、このような問題意識に基づき指導者研修を綿密に行ってきました。アドバイザー就任後約一年をかけて育成カテゴリーコーチからISAAスタッフに至るまで研修を行い、そして最近ではいわきFCのトップチームの選手達にも指導者研修を行っています。彼らが現役を引退して指導者の道を歩む際に研修から得た知識は必ず役立つと信じていますし、正しいスポーツ科学と育成システム論の知識、そして豊富な指導経験を持った指導者が増えることで日本のスポーツ界、特に子どもたちの運動スポーツや育成に変革が訪れるのではないかと思います。

ISAAといわきFC

 多方面からISAAへの視察が増えています。視察にいらした方々から決まってISAAの成功要因に関する質問があります。この質問に対しては必ず「ISAAの強みはいわきFCトップ選手の参加である」と答えます。ISAAがここまで活動を拡大できたのはトップチーム選手が指導者となって全面的コミットしてくれているおかげです。現在、ISAAの指導は、トップチームの選手がメインコーチとなっており、さらに近隣教育施設への出張指導も選手が主体となって行っています。通常、トップ選手がイベントなどに参加するのはオフシーズンであることが多く、参加してもスポット参加や顔見世興行的であったりします。要するにその場の運営が滞りなく進み参加者が喜んでくれればよかったりします。そこに指導による成果や責任は求められません。

 
選手が指導に加わるようになって最も印象的な変化は、子どもたちの取り組み姿勢です。実際、選手との鬼ごっこやボール運動などを見ていると楽しそうで、そして積極性を感じます。このようなことが子どもたちの運動量増加、そして結果的に体力や運動能力の向上につながります。私のような腹の出たおっさんよりも筋骨隆々な選手との運動は子どもたちにとって魅力的であると思います(笑)。選手はサッカー、業務(社会人チームなので仕事があります)、そしてISAA指導と3つの役割をこなすことになり心身ともに負担が大きいかと思います。この場をお借りして、現場をマネジメントする田村監督以下コーチ、スタッフの皆様のご理解とご協力に感謝します。


おわりに

 ISAAのチャレンジはまだまだ始まったばかりです。将来はいわき市全土、そして福島県全体に拡大、さらに我々の理念やメソッドが日本全国に拡大することで日本の子どもたちを取り巻く運動スポーツの環境が改善されていくことを願っております。


小俣よしのぶ氏のプロフィール

いわきスポーツクラブの育成アドバイザー。筑波大学大学院を修了後、主にドイツのトレーニング科学の哲学的原理,強化育成システムの研究を行っている。
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