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『真実の勝利』

※ESPN.com

カレッジフットボールと反性的暴行活動団体の間では、しばしば闘争が起こり続けてきた。その関係性にはBrenda Tracyが深くかかわっており、その贖罪と変革の為にほぼ壊れかけてしまった関係性は修復へと向かい始めた。

その日、Brenda Tracyの左手にはフットボールのヘルメットが抱えられていた。スタンフォード大学を意味する赤い『S』の文字、白く縁取られた木の絵、性的暴力根絶の為のTracyが掲げた「Set The Expectation」キャンペーンを記念した紫と青のリボンのステッカー、それら全てがそのヘルメットには貼られていた。2017930日に開催されたスタンフォードーアリゾナ州立大のハーフタイム中にそのヘルメットは彼女に手渡された。この試合は他ならぬ彼女のたゆまぬ努力が称えられた瞬間であった。

 試合終了後、彼女は彼女の功績を祝う選手たちと共に、フィールド中を歩き回った。その時、選手たちと共にスタンフォード大の校歌を歌うことが突然提案された。この突然の提案は彼女にとって予定外のことではあったが、チーム関係者と相談の上、参加することとなった。彼女は選手たちの列の最後尾に位置し、右手はコーナーバックであるNoah Williams選手の肩に掛け、左手はヘルメットを抱えながら共に歌うこととなった...。

 カレッジフットボールと反性的暴力行団体間のそれまで前例のない激しい闘争はしばしば起こり続けてきた。1998年に3人のカレッジフットボール選手を含む4人の男性に集団強姦されたTracyにとって、その凄惨な事件は彼女の人生の中でも「最大の事件」の一つであり、また「人生最大の転換期」の一つでもあった。

 もし、2017年がレイプ被害者たちが押し込められてきた長期間に渡る暗闇からようやく陽の光を浴びれるようになった年だったとするのであれば、その一役を担ったのはTracyのような女性がその暗闇から葬られかけていた様々な真実を明るみにしたからに他ならない。「#MeToo」や「#TimesUp」などのムーブメントがハリウッドを代表する様々な業界に大きな影響を与えており、Tracyはカレッジスポーツ業界における反性暴力の顔になった。

 直近の18ヶ月間、彼女は50校以上の大学にて講演を続け、レイプによって辱められた彼女の長年に渡る感情や、実際に彼女の身に起こった状況の詳細を傍聴者の人々と共有することにより、被疑者が罰せられようと、またその罰に対して被疑者が異議を唱えるなんてことは全く意味のないことであり、性暴力における解決策がはシンプルに全ての男性が常に正しい行動をとることに他ならないことであるということを主張し続けてきた。彼女はまた、16年間に渡り、彼女と同じように長年に渡り苦しみ続けてきた数えきれない被害女性達に主張や平穏を手にする権利を与える為の米国内の法改正にも尽力し続けてきた。

 彼女は彼女の息子であるDevanteDariusが傍にいる状況で、目には涙を浮かべながら「彼ら(選手達)は私が被害にあった集団レイプをした被疑者達と同じフットボールマシーンかもしれません」とフィールド上で語り、さらにこう続けた。「しかし、私は今、こうしてフットボールのヘルメットを掲げながらフットボールチームの選手達と共にここに立っています。こんなことが起きるなんていったい誰が想像できたでしょうか?今日この場所、この瞬間においてようやく私の心の傷は無くなった気がします」

 彼女にとってのある意味での心の傷の治療は2014年から始まりました。Tracyはこれまでひた隠しにしてきた集団強姦の被害者である事実を隠すことをやめる決意をし、語られることのなかった秘密をまずは新聞社へ明かした。そして、その後には数十校のカレッジスポーツチームや連盟団体に対して語り続けてきた。活動家としての彼女が成功できた大きな要因の一部は、彼女が時折見せる集団強姦を受けたとは思えないおおらかな魅力やユーモアのセンスである。「皆さんは私のような経験をするまでは、贖罪の本当の意味は理解できないかもしれません」彼女は続けてこう語った。「私は『悪』という存在と向き合い続けてきました。それ故に愛というものが何かを知っています」

 1998年、彼女はほぼ無気力な状態でその一年を過ごしたと語っている。24歳であったTracyは友人とそのボーイフレンドの友人たちと遊ぶためにオレゴン州Corvallisにある友人のボーイフレンドのアパートへ向かった。後日彼女はドラッグ反応が陰性であったことが確認されたが、警察にはドラッグを盛られたように感じたと語っている。

 Tracy1998624日早朝に、3人のカレッジフットボール選手を含む4名の男性から集団強姦の被害に遭い、被害に遭った際に精神状態に異常をきたしており意識が無かったことを明らかにしている。当日の朝、彼女の母親であるDeanna Walters氏は彼女を病院内にある女性用危機管理センター(Women's Crisis Center)へ連れて行った。Tracyは警察に事情聴取を受け、その時被疑者である4人の男性が逮捕されたことを知った。この事件は、容疑者の内2名がオレゴン州内でカレッジフットボール選手としてプレイしていたこともあり、報道を通じて州内にその事実は瞬く間に広まった。

 大衆の注目は、Tracyの心の傷をさらに深める結果となった。裁判所は彼女に対して、司法制度上、この事件が最終的な解決を迎えるには数年かかることが予測され、少なくとも4回法廷に立たなければならないことを伝えた。その事実は彼女とその当時4歳と5歳だった二人の息子たちにとっては受け入れがたい事実であった。彼女は告発を取り下げることを決意し、その後二度と告発することはなかった。

 レイプ被害のメンタル治療を彼女に施した看護師の影響を受け、Tracyは事件から数か月後に大学へ再入学をした。彼女はオレゴン健康科学大学を理学看護学士として卒業し、その後MBAも取得した。MBA取得後に彼女は急性移動透析チームのマネージャーとしての職を得た。この記事を読んでいる読者は、彼女のこの壮絶な話を誰かに伝えるとき、彼女の決断を誤ったものと伝えてしまうかもしれない。しかし実は彼女には9歳の頃にベビーシッターのボーイフレンドに性的虐待を受けていた事実があり、彼女の心は壊れてしまっていたのだ。

 集団強姦事件が起こった際、特にオレゴン州のヘッドコーチであったMike Riley氏に対して怒りを覚えていた。彼は容疑者であった4人の内オレゴン州内のカレッジフットボール選手2名をたった1試合のみの出場停止処分のみとし、さらにはその決断は「悪い選択だった」と述べたのだった。この彼の発言は彼女にとって侮辱そのものであった。彼女は彼のことを集団強姦の被疑者以上に嫌悪することとなった。

 2014年のある夜、暴力罪で逮捕された現役選手に対するRiley氏が下した処分に関する記事を読んだ後、Tracyはこの記事を書いたオレゴン州のコラムニストであるJohn Canzano氏へメールを送った。彼女は彼女の人生で起こった悲惨な事件の概要、そしてそれ以来16年間に渡る悲惨さをメールで説明した。

 Canzano氏は彼女に対してすぐに返信をし、とあるコーヒーショップにて彼女の壮絶な体験談を語ってもらった。Tracyは彼女の壮絶かつ凄惨な体験談と実名、写真の掲載を許可したのだった。この決断はスポーツ界におけるレイプ被害者達の救済における非常に勇敢な決断であった。しかし、その当時のTracyは実は自暴自棄に陥っていた。その当時の彼女はこの先どうやって生きていけばいいのかわからない状況にあり、彼女はどれほど痛みや辱めを受けたとしても、真実を伝えることこそが彼女自身を助ける糧になると考えていた。

 彼女は強姦されている間身動き一つとれなかったなどの凄惨な話を何百人ものアスリートに対して講演してきたことをCanzano氏に伝えた。また、目撃者であるオレゴン州内の近隣住民の話では、事件の翌朝、彼女はまるでぼろ雑巾のように裸でアパートの傍の地面の上に寝そべっており、彼女の上にはブランケットが掛けられていたという状況も彼に伝えている。

 彼女の壮絶かつ悲惨な事件が公になる前、彼女と彼女の母親は読者の反応を非常に心配していた。「実名と顔写真が掲載されたらどのようなことになってしまうのだろう?」「真実は確実に読者に伝わるのだろうか?」そんな思いが二人の中に駆け巡っていた。

 その時の彼女にはどのような反応が起こるかを知る術も無かった。しかし、彼女はこれまである意味で偽った人生を送ってきた。「この事件が公になるまでの時間、私は二重の人生を送ってきたの。この事件が公になった時、ようやく私は一人の人間になれたの」と彼女は語っている。「私はこの事件が公にされる日、ようやく恥と沈黙に満ちた刑務所から出ていけたの。もうその刑務所には戻るつもりはなかったし、できる限り多くの人達をこの刑務所から連れ出していきたかったの」彼女は続けてこう語った。

 それから3年の月日が経ち、全米中の政治家やNCAAの権力の中枢との話合いの場が持たれたことや、スタンフォード大学スタジアムの隅で同校のフットボール選手と腕を組んで歩く、そんなTracyにとって想像もしていなかった全く新しく奇妙な時間が流れていった。

 彼女の身に降りかかった凄惨な真実を語ったことにより、オレゴン州内にて彼女が立案した7つ以上の法案が可決され、幾多の性暴力被害者が救われる結果となった。彼女は定期的にインタビューに応じ、また全米中の大学にて講演を行い続けてきた。そして彼女にとって最も重要なのは、息子であるDarius25歳)とDevante23歳)との親密な関係を築き上げたことだった。彼女は長年に渡り自分自身を傷つけてきたが、彼女にとっての大きな存在である息子達の存在が彼女にその行為を許すことはなく、彼女にとってもそれは憎むべき行為へと変わっていった。

 Tracyは仮に可能だったとしても、その当時に戻りレイプをされた事実を消すことはないと語っている。この彼女の思いは全く予期せぬものであった。「私はこれまでこのことに関して非常に多くの時間を費やして考えてきたの。その時間は本当に意味があることだったのかって?私にとってその時間は本当に意味があることだったわ」彼女はそう語った。「極悪非道な事件内容、醜さ、恐怖、誤った行い、あの時起こった全てのこと、そんな全ての要素が今日の私を作り上げたと思う。もし、あの時何も起こっていなければ、今ここに存在する私はどこにも存在していないと思うし、今このようにあなたに語ることもなかったでしょう。私は今確実に私の目標に向かって生きているわ。それは非常に光栄なことだし、この場に居られることを本当に素晴らしいことだと感じているの。」

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 Canzano氏の記事が世に発信された後、Tracyは弁護士を探し始めた。彼女は法執行機関とオレゴン州立大に裏切られたことを受け、訴訟を起こそうとしていた。同時期にTracyは彼女に関して綴られた弁護士であり性暴力被害者達の賛同者でもあるJacqueline Swanson氏のブログを読んだ。TracySwanson氏にすぐに連絡を取り会う約束を取り付けた。しかし、訴訟に関しては既に時効が過ぎており、法的救済措置が適用されないことを知った。しかしSwanson氏はTracyにとって驚くべき提案をした。それはTracyを救うことができるかはわからないが、もしかしたら法そのものを改正できるかもしれないというものであっ

 「我々にそんなことができるのかしら?」TracySwanson氏にそう尋ねると、彼はこう答えた。「Why not? (なんでできないと思うんだい?)」

 「Why not?」は深い友情によって成長してきた彼女たち二人の信頼関係を表すスローガンとなった。20154月、2人はオレゴン州議会における法令変更についての聴聞会の壇上に共に立った。室内は人で溢れ、メディアも押しかけており、Tracyは非常に緊張していた。Swanson氏はTracyに対して「君ならできる」とささやいた。

 そんな緊迫した場面において、Tracyは彼女がGodNike(ギリシャ神話における勝利の女神)と呼ばれるアプローチを取った。彼女はマタイ19:26"With God all things are possible(神と共にあれば何事も可能なり))とNikeのスローガンである "Just do it"を組み合わせた。「With God(神と共に)」神は自分と常に共にいる。彼女は自分自身に「Just do it(やるだけだ)」と言い聞かせた。

 神と共にいる彼女は遂に成し遂げた。「レイプされている間、私はある時点で嘔吐した」と彼女はそこにいた議員達に語った。「翌朝起きた時、私の髪には吐しゃ物が残ったままでした。髪にはガムもへばりついていて、バッサリと髪を切らなければなりませんでした。食べかけの食事やスナック、そして使用済みのコンドームも私の目の前に落ちていました。私の人生において、この瞬間以上に最悪な瞬間は今までありませんでした。私はただのゴミのような存在だとその時感じました。」

 このTracyの証言は、オレゴン州のレイプを含む第1級法律の一部を変更させ、時効期間が6年から12年へ延長となるのに一役を買った。また2016年には、Tracyは以下の新たな2つの州法を制定することに成功した。

レイプキット(加害者を特定するための証拠を収集するためのキット)を十分確保し、適宜検査を実施すること。

時効期間である12年間を超過した後でも、新たな裏付けとなる証拠が発見された場合、地方弁護士は強姦またはその他の第1級性犯罪に対して起訴することができる可能性がある。

「これは痛みと苦しみと同じだ」Swanson氏はそう述べ、更に次のように語った。「彼女は今回の法改正を利用し、世間にこの考えを反映させ、新しいもの生み出し、世の中を美しいものにし、人々に何かしらの刺激を与えるだろう。そして彼女はそれらを今後実行していくことによって、この影響を世界に浸透させ、多くの人達がこのことについて更なる議論を交わすだろう。しかし、これを実行する為には相当な勇気が必要なのです」

 TracySwanson氏はオレゴン州議会において何度も何度も証言をし続けた。彼らは州議会室に入る直前に、隣接されている授乳室にて毎回戦略を立てた。「我々はダイナミックな二人組なの」Tracyはそう語る。「彼は法律、法律用語、全ての数字、あらゆる手段を用いて戦ってくれたわ。そして、私は自分自身の経験談が武器だったの。これら全ての要素は我々二人の間に存在する紛れもない強さだったの。そしてついに私達は共に成し遂げたの」

 彼女達が成し遂げた成果の中には、被害者達を守る為に定められた学内における性暴力に対する法案制定があった。「実際にはいくつかの問題があったの」そう語るのはオレゴン州上院議員であるSara Gelser氏だ。「こんなことがあったわ。『これはBrenda Tracyが提案している法案なんだけど、本当にTracyNoと言うの?本当に私にCanzano氏へ電話をして彼にあなたがBrenda Tracyの提案している法案に対して反対していると伝えていいの?』こんな議論になった時、大半の人は彼女の提案した法案に対してNoという答えだったわ」

 政治的闘争は簡単なことばかりではない。教育長官であるBetsy DeVos氏によるTitle Ⅸ連邦法の下での性的暴力事件を取扱い方に関する教育機関においての指針を示したオバマ元大統領時の政策を取り下げる動きが判明した際、Tracyは混乱に陥った。Tracyは彼女のような活動家であり、友人でもあり、カレッジフットボール業界に精通しているAlexis Jones氏に電話で相談をした。「彼女は泣いていたよ」Jones氏はそう語った。「Tracyはタフな女性ではない。彼女は普通の女性なんだよ。彼女はNCAAに対して、性暴行被害者を守り、彼女達を立ち上がらせ、彼女達の為の正義を掴み取ることの重要性を理解してもらう為に全力を尽くしていたんだ。だから、あの時は目を覚まさなきゃいけなかったんだ」

 Tracyが落ち込みながらも奮闘していた時間は彼女が自らの信念を振り返ることができた時間でもあった。Tracyは彼女がレイプ被害に遭い心に深い傷を負った1998年からCanzano氏と出会い、心の傷が回復し始めた2014年までの長い時間を生き抜けるほど十分強い人間であることを神は知っていると信じていた。「2010年に私は私と家族をこの世界を変革する為の武器として利用するべきか、そして神が共にいてくれれば全てのことが叶うのかを神自身に尋ねたの。結果的には2014年から今までの間にその願いは叶ったの」。そして彼女はこう続けた。「私の人生に起こった誰かが起こしてくれた奇跡を神の存在なしに説明することはできないと思ってるの」

 Tracy#MeToo#TimesUpのムーブメントの広がりや、世間における性的暴行問題に対する意識の高まりに勇気づけられていた。しかし、アスリート達の性暴行問題の同意に対しての考え方を変えていく働きかけはまだまだ始まったばかりだと彼女は語っている。「私達は世間の興味を高めることができると信じているの」彼女は続けてこう語った。「私達にはまだまだやるべきことはあるの。私達は世間全体が『ハリウッドでもこのムーブメントが広まったんだからもう目標は達成された!』なんて思ってほしくないの。だってまだまだやるべきことはあるんだから」

 #MeToo#TimesUpのムーブメントはまだ周知され始めてたった数か月程度のことであり、その事実を考えると彼女の活動が今後どのような展開を迎えるのかを正確に予測することは非常に難しい。しかし、Tracyは既に2018年内に複数の大学での講演を予定している他に、「Set The Expectation」という基金を立ち上げるという非常に意欲的な計画もあることから、彼女自身が発信し続けてきたメッセージの価値をさらに押し上げていくことだろう。彼女は他の学校やプロチームにおいてもスタンフォード大学のように「Set The Expectation」基金を押し出した試合が開催されることを望んでいる。

44歳になったTracyは「Set The Expectation」を支援するフットボールの試合前日の金曜日の午後にスタンフォード大学のキャンパスを訪れ、フットボールチームの練習を最後まで観戦した。選手達の練習が終わると、彼女は主催する団体のメンバーに対する講演会場予定である隣のフィールドへ歩き出した。

 Tracyは彼女の体験談をかいつまんで語りだした。「私の物語の中にはたくさんの悲劇があるの」。続けて彼女は「でも、私にはまだまだ多くの希望や人生をやり直せる時間があるの。私は多くの同じような被害女性達にとっての良き例になれるように願っているの」

 Tracyの講演前にある一人の女性が手を挙げた。彼女はTracyの話によって被害女性たちの思い出したくない記憶を蘇らせてしまう結果となった場合、スタジアム内に対応可能な心理カウンセラーがいるのかどうかを確認したかったのだ。Tracyの返答は「Yes」であった。Tracyのプレゼンテーション終了後、2人の女性メンバーが会場入口を通ってフィールドから飛び出していった。1人は飛び出した後右へ曲がり、もう1人は左へ曲がった。左に曲がった彼女は数歩歩いた後、顔に手を当ててしゃがみ込みむせび泣いた。多くの仲間たちが彼女を慰めていた。

 Tracyは右に曲がった女性の後を追いかけた。彼女はTracyにカウンセラーの存在に関して質問していた女性だったのだ。彼女たちは入口から100フィートほど離れた場所で止まった。Tracyは彼女に今回Tracyが語った内容が彼女を深く悲しませるような内容であり、彼女の触れられたくない部分に触れてしまったのかどうかを尋ねた。彼女は「大丈夫」と答えた。Tracyは彼女にこう語った。「あなたは何も悪くないの。自分自身を恥じる必要もないの。あなたは弱くないの。でもレイプ被害から立ち直る為にはたくさんのことをこなさなければならないの、毎日起きて毎日あなたがなすべきことをするの。それができた時にはあなたの人生は素晴らしいものになるはずよ」。30分後、彼女たち2人は共にフィールドへ戻ってきた。2人の顔には笑顔が浮かんでいた。

 Tracyは彼女自身に「Survivor Radar(被害者レーダー)」と呼ぶ能力が備わったと言っている。この能力はどの女性が過去に同様の被害に遭ったかを認識できるというものだそうだ。このような能力が身につくこと自体は非常に悲しいことだが、多くの人達に向けて話す立場の彼女にとってはやむを得ない結果だったのかもしれない。彼女のスピーチ後には何度も多くの女性たちが彼女のもとに集まり、彼女達各々の顔やボディーランゲージを見ることにより、彼女たちがどのような被害に遭ったのかを感じ取ることができた。「彼女達の人生は私の人生と繋がっていて、彼女達の人生で起こってきたことを私に語ってくれるの。そうすれば誰にだって彼女たちの気持ちは理解できるはずなの」Tracyはそう語った。

 翌朝、Tracyは息子たちと両親をスタンフォード大学のフットボール会場へ連れて行った。緊張、興奮、恐怖など様々な思いが彼女の中には入り混じっていた。この日は彼女にとって、そしてそれまで彼女が携わってきた全ての活動にとって特別な日であり、何もかもが上手くいくことを願わずにはいられなかった。スタンフォード大学において性的暴力を根絶するためにフットボールの試合が開催されたという事実自体は、カレッジフットボールの世界においてはそれほど大きなことではなかったのかもしれない。しかし、Tracyが耐え続けた暗く孤独な16年間について語ることを求められたとき、彼女は自らが行ってきた活動が認められたことを感じた。これまで勝利することが全てとされていたカレッジフットボールの世界において、彼女がこれまで仲間たちと取り組んできたことの重要性が肯定された瞬間を彼女は目の当たりにした。

 当初の予定では、当日の朝はTracyと彼女の家族が総合施設からスタジアムまでフットボールチームの選手達と歩くというものであった。Tracyが歩道に立った時、選手達全員が「Set The Expectation」と書かれた揃いのTシャツを着ていた。Tracyはこのことを知らなかった。彼女はまるで子供の様に目を輝かせた。スタンフォード大学のコーチであるDavid Shaw氏は彼女の反応を見て非常に嬉しかった。このTシャツを着ることはチームのキャプテンが提案した。

 ちょうど1年前、スタンフォード大学は性的暴行によって注目を浴びてしまった。20163月、スタンフォード大学の競泳選手であるBrock Turnerがキャンパス内のゴミステーション裏手にて女性に性的暴行を加えたとして有罪判決を受けた(実際の事件は20151月に発生した)。大学側はこのことに対し、迅速な対応を行った。20151月に起こった事件後2週間以内に、大学側は事件に関する調査を実施し、Tunerのキャンパス内への立入りを一切禁止する処分を下した。大学側はこの処分に対して「大学側として学生に課すことのできる最も厳しい処分である」との見解を述べた。

 Turnerに下された懲役6ヶ月(求刑は懲役6年間)という余りにも寛容な判決結果は国民の注目を集めた。更に、Turnerが実際に服役した期間は最終的に3ヶ月程度であった。スタンフォード大学のラクロス選手であり、元裁判官のAeron Persky氏はこの年の6月に開催された自身の公聴会において、Tunerに下された判決に対して怒りを露わにした。

 スタンフォード大学のコーチであるDavid Shaw氏は反性暴力に対する同意の定義に関して選手たちに積極的に教育をし続けてきた。彼はTracyと電話会議を行い、彼女のチームに対する関心と大学への来訪及び講演実績に関して高い評価をしていることを伝えた。そして、この電話会議の中のたった数分だけで、彼女が与えたインパクトの大きさを感じ取っていた。「彼女は僕に決して忘れられないことを言ったんだ。『私の仕事はあくまで個人的に行っていることなの。家に帰ってでも個人的に行えるようなことが必要なの』」Shaw氏は続けて「彼女にとって、多くの人々の前で自らの傷口を開くような行為をすることは決して簡単なことではない。性的暴行やレイプが途方もないほどそれぞれの人達にとって遠い世界の出来事ではないことを多くの人々に理解してもらう為に、彼女はたくさんの聴衆の前で自らの深い傷をさらに深く開いていった。実際に現在彼女はフットボールチームのメンバーの前に立ち、自らの悲壮な体験を通じてそれらの行為の根絶を訴えている。彼らが彼女の思想の具現化へのモデルケースになるよう挑戦しているのだ」と語った。

 Shaw氏は彼のチーム内に波紋を呼んだTracyのスピーチについて語ってくれた。「私はTracyが語る全てが個人レベル・団体レベルに対してどの程度の影響を及ぼすのかを本当の意味で理解できているかはわからない。彼女は多くの被害女性達の人生を変革する長い道のりの過程にまだいると思う。彼女達を救済しているだけではなく、彼女達の人生に変革をもたらそうとしているように見える。被害女性達を谷底から引き上げ、彼女自身も深い谷底から引き上げるなんてできるのだろうか。今まで以上に無理をしてできるようなことは何もないように見えるのに」

 家族の存在という概念に関して言えば、Tracyは自らの癒しの為、そして自らの人生を満たす為に夫もしくはボーイフレンドの存在を必要とはしていないという。彼女はその両方を自らの今までの活動によって既に満たしてしまっている。それでも、ウェディングドレスを求めて奔走する花嫁を描いたリアリティショーである「Say Yes to the Dress」を観ることが彼女の週末の日課となっていた。彼女はいつか誰かが自らと結婚したいほどの愛を注いでもらえるように願い、それにふさわしい女性になろうと懸命に努力し続けた。「私にはそれができなかったの。できなかった...。できなかったの...。」彼女は続けて「一生懸命努力したわ。でもできなかったの...。」と語っていた。

 もし彼女が誰かと結婚したい、もしくはそれに等しいような関係を築きたいと望むのなら、彼女はその誰かも同じような気持ちで彼女と共に歩みたいと思ってくれると信じていた。彼女はもう手を伸ばせば、彼女が望む場所に手が届くところまで来ていたのだ。

 Tracyの息子たちと両親は、彼女を襲った性的暴行の過去に苦しみ続けた。「あの事件の直後、誰も私には事件の詳細を教えてはくれなかったんだ」彼女の父であるJoe Walters氏はそう語り、こう続けた。「でもようやく事件の詳細を聞いたとき、心の中には復讐心しかなかったよ。そして、その復讐の為に手を貸してくれるような知人が私の周りには何人かいたんだよ。でも、娘は私にそんなことはしないでと言ってきたんだ。だって、そんなことをしたらもう二度と娘を抱き締めてあげることができなくなってしまうから。復讐はしたかったけど、もし復讐を行動に移していたら、私を家族から孤立させてしまう結果になっていたかもしれない」

 彼女の父の溢れ出る怒りはTracyの活動を見守り続けるにつれ、やがて誇りへと変化していった。「娘は違いを生みだす為に一生懸命訴え続けてきた。実際に娘はこの世の中にあった間違いを正した。でも、それは本当に勇気が必要だったはずだ」

 長年に渡り、Tracyはレイプが母としての自分を傷つけてきたのではないかと心配していた。彼女は時折仕事の忙しさを言い訳に息子達を遠ざけてしまっていた時期があった。多忙ということもあり、帰宅した途端にイライラしながら息子達を怒鳴ってしまったこともあった。彼ら二人が10代になった時、彼女はついに自身が経験した凄惨なレイプ事件について彼らに話した。Tracyに降りかかった悲劇を彼ら二人は理解しようと努めた。

 私自身は彼らにとって最高の母親ではなかったわ。それは決して取り戻すことのできない後悔に満ちた私の人生の中で恐らく唯一の事実だと思うの」Tracyはそう語り、続けてこのように語った。「母親と子供の間にはきっと何かがあるの。仮にあなたが私の立場だったとして、あなたに対して恥ずかしかったりうんざりと思ったりするようなことが起こった時、自分の子供にそんなことは知ってほしくないと思うはずよ。みっともないとも思われるかもしれない。私は私の息子達が私の存在を恥ずかしいものだと思っていると本気で思っていたの」

 彼女の息子の一人であるDevanteは彼女のすぐ隣に座った。彼の顔は笑顔で溢れ、手を横に振りながらこう言った。「言葉を返すようだけど、お母さんがそんな風に考えるのは絶対間違っているし、おかしいよ」

 2014年に公開されたCanzano氏のTracyに関する記事のきっかけとなったRiley氏がTracyと彼のフットボールチームの選手達を会わせる為に、Tracyを招待するアイディアを模索していた。2016年、ネブラスカ州内のフットボールコーチとなっていたRiley氏による彼女のNebraska州への招待を試みていたが正式に延期になったという話を聞いたTracyは思わずゾッとした。前述の通り、TracyRiley氏のことを長期間忌み嫌っていた。本当に彼女がRiley氏と向き合うことを望んでいたのだろうか。実際の答えはやはり「No」であった。しかし、彼女はRiley氏と向き合う為に、20166月にネブラスカ州へ勇気を出して向かうことにした。

 彼女が到着した時、Riley氏は既に彼のオフィスの前で彼女を待ち構えていた。「やあ、Brenda」彼はまるで長年音信不通だった昔からの友人に対して言うように彼女にそう言った。彼女は思わず泣き出してしまった。二人は抱き合い、Tracyは彼の肩を借りて泣きじゃくった。その後、2人はRiley氏のオフィス内で一時間以上に渡り語り合い続けた。1998年にRiley氏が下した決断は、彼女にとっては既に過去のことであり、本当に些細なことに過ぎなかったことに気付かされた。Tracyが彼に対して面と向かって当時のことを非難したが、その時の彼の表情や立ち振る舞いは、彼女こそが本当に重要である人間だと彼が信じていることを明らかに物語っていた。Tracyは彼がどんな言葉を発したとしても、彼のことを許そうと心に誓っていた。そして、あの時の決断によって傷ついてしまった彼女の心の深い傷に対してのRiley氏の後悔の念は、彼女のRiley氏を許そうという決断をより簡単なものにしたのだった。Tracyはお互い笑いながら肩を組んだ写真をこんなコメントを添えてTwitterにアップした。「This is what accountability looks like(これは説明責任みたいなもの)」

 カレッジフットボールマシーン達は彼女の人生を台無しにした過去があった。しかし今では彼女がそんなフットボールマシーン達の内部を変えていくことによって、同じマシーン達が彼女の名誉挽回の為の助けをしてくれる存在となった。彼女は実際に彼女が訪れた全ての大学において、選手達に対して彼ら自身が問題の原因なのではなく、彼ら自身がこの問題の根絶のキーパーソンなのだと伝え続けてきたのだった。

  スタンフォード大学スタジアムを歩き回った後、Tracyは選手達がウォームアップするサイドライン際に立った。その年の春にアリゾナ州にてTracyと面識があり、その当時アリゾナ州のコーチであったTodd Graham氏(その後解任となった)はフィールドへ向かう途中で足を止め、彼女を抱き締めた。彼女の緊張感は一気に解けた。「あの時純粋なアドレナリンが湧き上がってきたのを感じたわ」彼女は続けて「私の頬はもう涙を伝うことはないわ、笑顔しかないの」と語った。

 フィールドを駆け抜けた両チームの選手達全員のヘルメットにはTracyの息子であるDevanteがデザインした「Set The Expectation」キャンペーンのリボン型のステッカーを貼り付けられていた。「このフィールド内には何百人の若者たちがいます」続けて彼女はこう語った。「ここにいる彼らが他人の今後の人生に与える影響について少し考えてみてください。恐らく物凄く大きなインパクトを与えてくれるはずです。恐らく何百万という数の方々がテレビを通してこの光景を目撃しているはずです。どの程度の影響力があるかは正直私にはわかりません。けれど、きっと何かを残せると思っています。もしそうなったら、とても美しいことだと思います」

 試合時間が近づき、両チームのコーチ達(Shaw氏とGraham氏)がフィールド中央へ歩き出し、いつものように固い握手をした。テレビ中継用のインタビューの為に、2人はカメラの前でプライベートな会話をした。

 彼らはTracyが取り組んでいる素晴らしい活動に関して語り合ったのだった。

 スタンフォード大学の校歌斉唱後、Tracyは二人の息子達を連れて共にフィールドに立っていた。彼女は今日という一日が終わってほしくないと願った。彼女達は一緒にフィールドを横切り、エンドゾーンを通り抜け、トンネルからフィールドを後にした。ハーフタイム時にフィールドの真ん中で誇らしげに立つTracyをスタンド上やテレビを通して観てくれた被害者たちのことを彼女は考えていた。恐らく、そんな被害者たちはその時の彼女の姿を観て今まで感じてきたような孤独感は感じさせず、社会的にも認められ、深かったはずの心の傷が治っているように見えるはずだとTracyは感じた。

 「私は今日彼女達の心に希望が芽生えてくれればと願っているの」彼女は最後にそう語った。